店長3人によるクロストーク

いかにして彼らは、群雄割拠のラーメン業界で成功者となったのか。
『とみ田』の富田 治、『道』の長濱洸也、『一燈』の坂本幸彦、
麺屋こうじグループから独立した、いま注目の3店の店主が語り合いました。

松戸「中華蕎麦 とみ田」店主

富田 治

日本一ラーメンに情熱を燃やす男。
・TOKYO一週間 ラーメン・オブ・ザ・イヤーつけ麺部門・豚骨ラーメン部門 最優秀賞W受賞
・超らーめんナビ
 2008年、2009年、2010年 3年連続 らーナビ大賞受賞
・グルメ情報誌「食楽豚骨魚介ラーメン部門・つけ麺部門 第一位
・ラーメンデータベース
 人気ランキング 全国1位等数々の受賞歴を誇る。
自店の“中華蕎麦とみ田”は1時間~2時間は列ばないと食べられない超人気店。
現在は、東池袋大勝軒ROZEO、雷本店、松戸中華そば富田食堂の4店舗を構えるまでに成長。
 


新小岩「麺屋一燈」店主

坂本幸彦

フレンチのシェフからの転身という異色の経験を持つ、本格的な職人。
2010年6月“麺屋一燈”をOPENと同時に行列が出来る程の超人気店に成長させる。

日本テレビ「ウケウリ」東京ラーメン新人王のグランプリを受賞する他、
出店以来、常にランキングの上位にいる超人気店。
1月10日の麺屋一燈の日には170人(4時間待ち)もの行列ができた。
 


亀有「つけ麺道」店主

長濱洸也

弱冠25才という“つけ麺 道”の若きイケメン店主。
あの山岸一雄(現・東池袋大勝軒会長)が絶賛したつけ麺を提供する店(テレビ東京 最強ラーメン伝説 これぞ必食のNo.1決定戦!!にてつけ麺部門 1位を獲得!!)
常に行列があり、多いときには2時間前後の待ち時間を要する超人気店。
2009年には超らーめんナビの新人賞に輝いた。
現時、東洋水産からつけ麺(「つけ麺 道」監修魚介豚骨つけ麺)が発売(平成23年2月14日)されるなど、現在もっとも勢いのある店の一つである。


好きなラーメンで一旗あげる!その心意気がスタートライン。

長濱「こういうふうに他の店の店主と話すことはあまりないので、よろしくお願いします。特に富田さんとは、独立してからなかなか話す機会がなかったから、昔の話とか聞かせていただけると嬉しいです」

富田「最初は雑誌に載っている店をずっと食べ歩きをしていた単なるラーメン好きでね。
たいていの店は1回きりだったんだけど、東池袋の大勝軒のラーメンを食べたときは衝撃で、他とは違って何度も行くようになった。田代さんを知ったのは、その東池袋時代。それから田代さんが独立して茨城に店を出すと、自分の地元ということで通うようになって声をかけられて、ヤルなら徹底的にヤってやろうと」

長濱「僕も、ラーメン屋でアルバイトはしていましたが、ラーメンはどちらかというと食べるのが好きという方でしたね。よく行く六本木の洋服店の人が田代マスターの知り合いで、若い人間を探しているというとうことで紹介してもらうことになったんです。それで話しを聞いて、ヤル気になってきました。
もともと飲食業をやりたくて調理師免許を取りに学校にも行っていたんですが、当時、真面目に結婚ということを考え相手がいて、もうアルバイトじゃなくてしっかりした仕事をしたいと考えていたときで、それなら自分の店を持ちたいと」

坂本「私が田代マスターに入門したのは、最初から自分の店という夢を実現するためですね。それまではフランス料理のシェフをやっていたんですが、シェフといってもサラリーマンで、いつかは自分の店を持ちたいといつも考えていました。
でもフレンチの店って開業までの費用が大きくて。そこで知ったのが「麺屋こうじ」の独立支援のシステムで、ここだ!と入門しました。ラーメンで自分の理想の店を持つぞって。ただ、女性が一人で来られるオシャレな店とか言ったら、田代マスターに、そういうのはまず独立してからだ!と言われちゃいましたが」

 


自分の努力で必ず実現できる夢だから頑張れる。

富田「修業時代は、とにかくツライ。何から何まで全部大変。特に田代さんに入門するまでは包丁もちゃんと使ったこともなかったぐらいだから、そこから始まりだった。茨城の大勝軒の2階に住み込みで、みっちりだった。でも、自分も店を持って好きなラーメンで一番になりたいと思っていたから死ぬ気で頑張れたと思う」

坂本「私も最初は茨城・大勝軒の2階の住み込みからスタートでした」

長濱「え、僕は、住み込みはしていないんですが」

富田「やっぱり育てるのは“人”だから。その時の状況や、その人、その人にあった修業の仕方があるわけだし。
でも長濱君は、普通は独立まで3から5年というところを2年で自分の店を持ったんだから、グループでもすごい勢いで成長した若手だよ。前につけ麺のイベントを手伝ってもらったときも安心して任せられたから」

長濱「ありがとうございます。
僕が、本当の意味で本気なったのは店長を任せられたときですね。その店が、売り上げが下がっていて元の売り上げに戻さなきゃいけないってときで。それまでも仕事はいつも本気だったんですが、売り上げって数字があるとより責任感が高まりましたね。昔から負けるのだけはキライで、やるからにはとスイッチが入りました」

富田「ウマいのは当たり前。今は味だけは勝負できない時代だから。自分にファンをつくれるようにならないと勝ち残っていけない。今、自分が入ってきた人間を教育するときも、味や技術というのは無論なんだけど、むしろ挨拶から始まって人間の教育に力を入れるようにしている」

長濱「それはわかります。本当は、人と話すのとか得意じゃないんですよ。独立して最初の頃はお客さんが1人しかいないときもあって、ウチはカウンター席だからすごく距離が近いんです。『道』の麺は茹で上がるまで14分ぐらいかかるんで、その間に話しかけられたり、相手をしなくてはならないのが慣れなくて。でも、そうやって話しができるようになっていくと、お客さんが増えていくのがわかるんです。今もお客さんに育てられているという気持ちを持っています」

麺屋こうじグループの店主たちは心強いライバル。

富田「坂本さんに初めてあったときも、ただ者じゃないって感じが漂っていたね」

坂本「いや、正直、富田師匠に会ってからが本当の修業でしたね。それまでは自分も飲食業はぜんぜん素人じゃなかったというのがどこかにあったのか、甘かったところがあったと思います。
富田師匠の手伝いに入ったとき、この人はスゴイと感じました。ラーメンに対しての向き合い方というか、とにかく全部。そのとき目がさめたというか、このままの自分では、夢は実現できないと。本当にラーメンが好きでないと、この世界では勝負出来ないってことを改めて感じたときでした。それ以来、富田師匠は、私の師匠になったんです」

富田「そうなの?」

坂本「だから、自分が独立するとき富田師匠にプロデュースしてもらうことになったのは嬉しかったですよ」

富田「それは、田代さんへの恩返し。自分がこうして今あるのはラーメンについて1から10まで叩き込んでもらったからで、独立するときもお世話になった。だから、その田代さんの弟子を応援するのは当然でしょう。それが田代さんの恩に報いることだと思うから」

坂本「『一燈』がオープンするまでの準備期間、3、4ヵ月の間、メニューや店のコンセプトなど相談にのってもらったり、味をみてもらったり。
本部の方にもいろいろアドバイスや応援していただいて、女性が一人でも入ってこられるようなラーメン店という自分の理想に近いカタチの店にできました。ありがたかったです」

長濱「その坂本さんの店が、自分と同じ葛飾区に出るって聞いたときは、ヤメテって思いましたよ。他の場所でやってよって(笑)」

坂本「でも、葛飾って広いし。実際、店もけっこう離れているし、店のコンセプトも違うからさ。でも、意識はしますよ。負けん気も強いですから。
歳は親子ぐらい違うけど先輩ですから近くにいるというのは心強さでもあるけど、負けられないという刺激でもあるしね」

長濱「自分も、そういうところはありますね。気に張りがでますよ。
日本一と言われる富田さんがいるこのグループで、自分も日本一になりたいですね」

坂本「それって、富田師匠を超えちゃうってこと」

長濱「え、それは…」

富田「超えちゃって、超えちゃって、どんどん(笑)」

 

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