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2011/04/11
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山岸会長と田代代表の対談

以前雑誌の取材を行った時の山岸会長と田代代表の対談の模様です。

 

 

-山岸氏と田代氏の出会いを覚えていますか?

田代:僕が東池袋大勝軒の門を叩いたのは、

大勝軒ブームがやってくるちょっと前のことでした。

マスターと握手をしたときにオーラを感じたんです。とにかくその手が凄かったんです。

足の裏のように厚い皮!!だけど、優しくて人を包み込むような…。

そんな手からこの人についていけば夢が叶うんじゃないかって…。

人生で初めてそう思えたんです。だから大勝軒に弟子入りさせてもらいました。

だから、マスターとの握手がきっかけでしたね。

いまでも会うたびに欠かさず握手をお願いするんです。

山岸:私も田代のことはよく覚えています。とても印象の良い子でね。

当時も丸坊主だったんだけど、横に一本線を入れて「面白い髪型をしてるやつだなぁ~」

なんて思ってたよ。でも一見して光るところがある奴だってことはわかったね。

横に並んで仕事をして強くそれを感じた。特に表に60人くらいお客が並んだときに、

「僕もこれくらい行列の並ぶ店を作るんです!!」って夢を語ってたのが印象的だった。

仕事で忙しい最中にそんな夢を語れる奴はそういない。

辛い修行のときでも田代は夢を忘れなかった。そのとき、大きく育つと実感したんだよ。

-田代さんの修業時代の話を教えてください。

田代:僕は今でも修行だと思っています。

東池袋時代に一番ありがたかったのはマスターの経験してきた話を直に聞けたことでした。

僕が最も印象に残っているのは店が隣のテナントのボヤが原因で火事になった時の話でした。

消火活動で水浸しになった店を、翌日開けたんです。これってとっても深い話なんです。

となりの人に、「気にしないで下さい」って言っても、

店を閉めたらやっぱり気にするじゃないですか。

それを本当に気にしなくて良いんだよ…って体を張って伝えてくれてるんです。

つまりその気遣いが、その気持ちがマスターに教わった本当に大切なことなんだと思います。

もう一つ印象的だったのは、マスターが常連のお客さんを「ボーイ」って呼ぶんです。

どうみても少年なんて年じゃない人ですよ。

でもそんな人を捕まえて「ボーイ」って呼ぶんです。

つまりその人は大勝軒に小さい頃から来てた常連さん。そんな常連さんには

メニューにない餃子をどんぶりのチャーシューの下に隠してサービスしてあげるんです。

山岸:この商売で常連さんだけに特別サービスするのはタブーとされてるんだけどね。

もちろん、一回だけの人にも真剣にラーメンを作るけど、何年もかけて来てくれる

常連さんは大切にしたいでしょ。だからねチャーシューの裏に。

お客さんも心得てくれているから、「餃子が入ってた」なんて騒いだりせず、

黙々と食べて笑顔で帰ってくれるんだよね。

田代:こんなところで常連さんはもちろん、一見さんにも、マスターは

気遣いをしているんですよね。マスターが教えてくれました…

「商売は親子三代続いて初めて成功」。

おじいちゃんが孫を連れてきてくれて初めて成功なんだって。

自分にはできないって思いましたね。だから、僕は僕なりに弟子の弟子が繁盛

してくれたら三代続いたってことになるんじゃないかと思い、今は自分の弟子達を

応援しようとがんばることにしました。

山岸:田代は本当に気が優しい子だった。一線で働いているんだから、

もっと自分のことだけを考えてなきゃならんのに、わたしのことまできちんと

気をつかってね。今では一番信頼している弟子のひとりだよね。

腕のトップレベルだけど気持ちも最高に良い弟子だよ。

田代:いまこうしてそう言ってもらえるのは本当に嬉しいですね。

でもマスターにはもっと自分の体を大切にして欲しい。だって修業時代…

僕は麺上げ練習を毎日2時間やっただけで腱鞘炎になった。

大勝軒の麺上げは、網じゃなくってL字型の棒を使って行う特殊なもの。

普通なら麺が絡まってしまうのを、マスターがやるとどんぶりに移した後に

麺をほぐさなくてもいいくらいきれいに盛られるんですよ!!それにチャーシュー用の

肉をさばくとき凄いんです。どこにどう包丁を入れたら良いのかを

知ってるのはもちろん、その動きに一切の無駄がない。

山岸: 豚は入れる目があって、返す包丁で切るんだよ。

田代:それがマスターみたいにはできないんですよね…。

全盛期の頃は本当に凄かった。

マスターはいくら辛くても一言も愚痴をこぼさないんです。

熱湯の中に泳いでるいるものを素手でとったりは当たり前。

当時から悪かった足は仕事が終わって長靴を脱ぐと血だらけなんてことも

しょっちゅうでした。なんでそこまで辛い思いをしてこの人は

がんばれるんだろうと思いましたよ。でも、その背中を見てると、

マスターから教えてもらわなきゃいけないことや伝えたいことが分かるんです。

マスターが通ってきた道を知ることで、どやったら失敗しないかを体現して、

自分の体を削って教えてくれているんですよね。

-最近あった田代さんとの思いではありますか?

山岸:東池袋大勝軒を閉店する日にね…。

たくさんのお客さんが来てくれて、たくさんの人と握手をしたり

色紙を書いたりしてね。ここらへん一帯の色紙が全部売り切れたって話だよ。

その日終わらない列と人ごみにもみくちゃにされてね。そんな中、

田代のクルマで救出してもらったことかな。頼まれた色紙は全部書く事を約束してね。

さすがにずっとは体がもたなくてね…。

田代:でもマスターはいまでも東池袋の店に立ってるんですよ。

本当に自分を大切にして欲しいですよ。

山岸:あと、田代が初めて茨城で開いた店を見て、思わずこんなところでやってたのか

って関心したね(笑)。

田代:みんなに同じ事言われるんですが、僕にとっては最高の店でしたよ(笑)

-最後になりますが、山岸さんは田代さんのこれからに何を期待しますか?

山岸:自分の人生なんだから挑戦できることには挑戦してがんばって欲しいよね。

わたしには子供がいなかったけど、大切な弟子たちが子供みたいなもんだから、

弟子たちが成功してくれることは本当に嬉しい。

麺を通じてできるつながりこそ「心の味」。それが大勝軒の根っこの部分なんだよね。

根っこがしっかりしていれば、味はついてくる。わたしと同じ味じゃなくてもいいんだ。

田代は本当に根っこがしっかりしている。

その証拠に、田代のとこから出た子(弟子)たちは本当に気が良い奴ばかりだよね。

みんな田代の気持ちを理解してくれてるんだろうね。

だから、田代も含めて、そんな田代んとこの子達とも、

これからもずっと深く関わって行きたいと思うよ。

田代:僕がマスターから教わったことは、お客さんは味じゃなくって、

その店の主人の人柄付いてくるんだってこと。

不景気な今だからこそ一杯のラーメンにはまだまだチャンスが眠っていると思うです。

東池袋にはレシピがないんです。この味はマスターの舌で全てが決まるんですよね。

だから、同じ味を作ることはできない。

でも美味しいものでお客さんを幸せになってもらうていう気持ちは引き継げるんです。

これからもそんな気持ちでつながってくれる人と、一人でも多く出会って行きたいですね。